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イラン:「テロ」容疑者の権利保障を

イラン人科学者殺害事件の容疑者ら、公正な裁判を受ける権利を奪われる

(ベイルート)−イラン司法権当局は、イラン人核科学者殺害事件に関するテロ容疑で拘束されている少なくとも20人に対し、弁護士や家族へのアクセスを許可すべきだ。本件の容疑は重大なもので、死刑を含む重刑が科される可能性があるにも関わらず、イラン司法権は基本情報を家族にすら提供していない。

被拘束者のうち3人の家族や親しい関係者はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、イラン政府はテヘランで拘束されているとみられるこれらの被拘束者に対して、弁護士との接見や家族の面会を認めておらず、容疑者に対する起訴事実や証拠についての詳しい情報を家族に与えていない。過去に公式発表された情報は、科学者殺害に関連して10数人を逮捕したとの、2012年に情報省が数回行った発表と、2012年8月にテレビ放送された被拘束者のうち12人の自白がすべてだ。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ中東局局長のサラ・リー・ウィットソンは、「イラン政府当局が、これらの容疑者がこのひどい殺人を犯した真の犯人であると信じるに足る説得的な根拠があるなら、強要された自白ではなくてしっかりした証拠を提示すべきである」と指摘。「被告の弁護士へのアクセスを認めず、秘密裁判を行うことは、これほど多くのイラン人科学者を殺害したとされている人物たちについて、当局が信頼性の高い証拠を持っていないのではないかとの疑念を招くだけだ」とする。

2012年6月17日、ヘイダル・モスレヒー情報相はイラン準国営ファルース通信に対し、当局は、核物理学者マジード・シャフリヤーリー氏と、イラン中部ナタンズの核施設の商務担当副所長とされるモスタファー・アフマディーロウシャン氏の計2人の殺害に関し、容疑者20人を逮捕したと述べた。シャフリヤーリー氏は2010年11月29日に、ロウシャン氏は2012年1月11日にいずれもテヘラン市内で自動車爆弾によって殺害されている。当局は、同じ容疑者たちが、11月29日に起きたフェレイドゥーン・アッバースィー=ダヴァーニー教授夫妻に重傷を負わせた自動車爆弾事件にも関与したと主張する。同教授は当時イラン原子力庁長官を務めていた。

2011年7月23日、オートバイに乗った男2人が、修士課程で電気工学を学んでいたダーリユーシュ・レザーイーネジャード氏(35)を、妻と共に幼稚園の外で出てくる娘を待っていたところを銃殺した。妻も負傷した。イラン政府当局はレザーイーネジャード氏がイランの核開発計画に関わっていたとの報道を否定した。テヘラン大学物理学部の高名な教授マスウード・アリーモハンマディー氏は2011年1月12日に、テヘラン市内の自宅を出たところで爆弾が爆発し、殺害された。アルデシール・ホセインプール氏は2007年に不審死を遂げている。ストラトフォー(米国の民間情報機関)はイスラエルの情報機関モサドがホセインプール氏を殺害したと報じたが、イラン政府当局は氏がイランの核開発計画に関与していたことはなく、氏についてはただの事故死だとしている。

強要された自白が、一連の殺害事件についてイラン政府がこれまで提示した証拠のすべてである。2012年8月5日、イランのIRTVチャンネル1は「テロ・クラブ」という30分のドキュメンタリーを放映し、アリーモハンマディー、シャフリヤーリー、レザーイーネジャード、ロウシャン各氏の殺害とアッバースィー氏の殺害未遂に関わったとされる容疑者12人の自白を放送した。

12人の容疑者(男性7人、女性5人)は全員が暗殺に関わったと自白し、計画と実行に果たしたとされる役割を詳しく述べた。一部は、モジャーヘディーネ・ハルグなどイラン反体制組織の支援のもと、テルアビブ郊外にある米国や英国、イスラエルの諜報機関のキャンプでトレーニングを受けたと自白した。

この8月5日のIRTVの番組では、マスウード・アリーモハンマディー氏殺害で有罪とされ、5月に死刑が執行されたマジード・ジャマーリー・ファシー氏の自白も再放送された。ファシー氏の自白は2011年1月に初めて放映。その後同年8月に革命裁判所での裁判が行われた。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、6月に逮捕したと政府が発表した、残りの7人の氏名を確認できていない。

この番組でカメラの前で自白した容疑者12人の氏名はベフザード・アブドリー、タラ・バーゲリー、マーズィヤール・エブラーヒーミー、フアド・ファラーマルズィー、マルヤム・イザーディ、アーラシュ・ヘラドキーシュ、マフダヴィー・ムーサーイー、アユーブ・モスレム、モフセン・サーデギー・アザール、フィルーズ・イェガーネ、ナシュミン・ザーレ、マルヤム・ザルギャルの各氏だ。これより前に当局は、一連の殺人事件に関して容疑者20人を逮捕したと発表していた。ヒューマン・ライツ・ウォッチは8月5日の番組を分析したが、政府当局は12人有罪の証拠として自白以外の証拠を一切提示できておらず、被拘束者の容疑やそのほかの詳細についてもまったく情報を提示していない。

情報省は2012年にこのほかにも核開発計画に関わる殺人事件で逮捕された容疑者の数について数度発表を行っており、その数は一定しない。これらの発表がすべて同じ20人のことを指しているのか、あるいは身元不明の被拘束者が彼ら以外にも存在し、殺人事件で立件起訴されているのかは不明だ。

マーズィヤール・エブラーヒーミー氏の兄弟であるシャプール・エブラーヒーミー氏はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、当局はマーズィヤール氏の外部との接触を一切遮断しており、弁護士の自由な選任を妨害しているほか、氏の健康状態や氏に対する訴追の状況について家族に一切情報を提供していないと話した。

シャプール氏によれば、マーズィヤール氏は映画テレビ制作会社の経営で多忙な日々を送っていた企業人で、イランとイラクのクルド人自治区をたびたび行き来してきた。マーズィヤール氏はテレビ放映された自白で、ロウシャン氏の暗殺実行部隊を率いたと述べている。しかしシャプール氏はヒューマン・ライツ・ウォッチに複数の領収書を提示し、これらはロウシャン氏の殺害時に、マーズィヤール氏がイラクのクルド人自治区にいたことの証拠になると思われると述べた。

別の消息筋はヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、2013年2月19日の時点で政府当局はザーレ氏と、その夫のファラーマルズィー氏の外部との接触を遮断し、2人の健康状態や訴追の状況について家族に一切情報を提供していないと話した。またザーレ氏の家族は、氏が治安部隊に逮捕されてから一切連絡をとることができずにいること、また当局は、事件はまだ取調段階だとして氏の弁護士選任を妨害していると付け加えた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、8月5日にIRTVが放送したこのドキュメンタリー番組に登場した人びとの自白が、当局の拷問や強要によるものであることを示唆する信頼できる証拠を入手してはいないが、イラン司法権、治安部隊、公安、刑務所当局者が拷問によって被収容者から強要された自白を得た事例を数多く調査記録している。被収容者への虐待や拷問の恐れは、人びとが外部との接触を断たれて拘束されている時に特に起こりやすい。

国際人権法は、強要に基づく「自白」などの虐待行為から被収容者を保護している。イランも批准する自由権規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)は、万人が持つ「自己に不利益な供述又は有罪の自白を強要されない」権利を保護している。罪を犯したという供述を得るために、当局が強制的な手段を用いることは法に反する。そうした供述を放送することは、国際法が厳しく禁じる「品位を傷つける取扱い」にあたる恐れがある。容疑者が公正な裁判を受ける前に自白を放送することは、自由権規約第14条2項に違反する。この条文は「刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する」と定めている。

自由権規約はまたイラン政府に対し、刑事上の罪に問われて逮捕または抑留された者すべてに「妥当な期間内に裁判を受ける権利又は釈放される権利を有する」ことを保障することを求めており、当局に対して「権限のある、独立の、かつ、公平な裁判所による公正な公開審理」を行うこと、また被告人に「防御の準備のために十分な時間及び便益を与えられ並びに自ら選任する弁護人と連絡すること」を許可するよう定めている。

イランの刑事訴訟法は「取調段階」について、外部接触を遮断した状態での被疑者の勾留延長を認めている。しかしこの20人の勾留延長は「一般・革命裁判所制定法」3条が定める要件には適合しない。この条文は司法権に対し、4カ月以内に事案の取調段階を終えることを義務づけており、その段階で当局は容疑者を起訴するか釈放するかを判断しなければならない。司法権が取調段階の延長を希望する場合には、判事は決定理由を示さなければならない。同法では、被拘束者がこの決定について革命裁判所判事に異議を申し立てる権利を定めている。入手できた情報では、裁判所はエブラーヒーミー、ザーレ、ファラーマルズィーの各氏とその他の人びとについて、これらの法的保護を一切与えていないことを示唆している。

前出のウィットソン局長は、「一連の核科学者殺害事件での裁判では、今回のケースのように政府当局が被告人から公正な裁判を受ける権利を奪ったと示唆する証拠がある場合、公正な判決・刑罰とはみなされないだろう」と指摘する。

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